2024/11/19 00:26

bjリーグを設立した河内氏

特集
アリーナ競技で日本初のプロリーグ!
選手として監督として常にバスケットと共に人生を歩んできた河内氏
訪問先:河内氏
訪問者:許 静
バスケットにかける思いは強くなるばかりで、昨年ついにアリーナ競技で日本初のプロリーグbjリーグを立ち上げる。今回は河内氏にプロリーグにかける熱い想い聞くために留学生である許静さんが独占インタビュー!!
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河内敏光氏
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プロバスケリーグの必要性

・どうして今までスポーツが盛んな日本にバスケットのプロリーグがなかったのですか?

アジアの他の国から見ても日本にバスケットのプロリーグがなかったことが日本の7不思議だと言われていました。実は日本にはスーパーリーグという実業団のリーグがあるのですが、アジアの方はそれをプロリーグだと思っていたのです。プロリーグではなく実業団リーグでしたので、社員の方が昼間はお仕事をして夜に練習をして週末に試合をするという形をとっていました。アマチュアのリーグでしたので、バスケットだけに専念できる環境ではなかったですし、興行の考えやエンターテイメント性もほとんどありませんでした。

・いつBJリーグを作りたいと思ったのですか?

92年のオリンピックのときアジアからは2つのチームしか出場できず日本は負けて出場することができませんでした.中国も韓国もそのころにバスケットのプロリーグができたばかりでした.プロリーグがある国はやはりどんどん強くなるのを実感して,プロリーグは実力を高めるには不可欠だと思いました。
地域の特色を出して一体感を

・エンターテイメント性への取り組みについて、具体的にどうお考えですか?
Bjリーグはアリーナのような体育館でのプロリーグの競技としては初の試みでした.アリーナは天候に左右されないですし,歌手もコンサートを行うような場所ですから音楽も映像も取り入れることができます.そういったものを取り入れることで選手と観客が一体になれるような雰囲気作りを心がけています.
また、BJリーグでは各チームによって応援の仕方にも地域性があります.例えば大阪エヴェッサでは漫才やお笑いが盛んな地域ですから「ハリセン」を応援グッズにしています。リーグとして音楽とチアリーダーは必ずいれるようにしていますが、地域によって応援スタイルに特徴を持たせることで色んな地域の応援スタイルを楽しむことができるし,地域ぐるみで応援を楽しめると思っています.

・他のスポーツと比べて外国人選手を多く入れているのはなぜですか?

日本は世界の中でもバスケットのレベルは劣っていて,アジアの中で考えても5位か6位ぐらいです.アトランタオリンピックのときに日本チームの監督を経験しましたが,日本は島国であるせいか海外のチームや選手と交流する機会が少なく世界レベルのパワーやテクニックに対抗できませんでした。
外国人選手を積極的に受け入れているのは、日本人選手が日々の試合や練習の中でレベルの高い外国人選手を相手にすることで実力をつけて欲しいと思っているからです。また、子供たちにも優秀な外国人選手のプレーを目の前で見て夢を抱いて欲しいと思っています。
それとBJリーグで活躍した選手が自分たちの国の代表になることはすごく嬉しいですね.BJリーグで活躍した選手がアメリカのNBAで活躍したら理想的です.BJリーグにいた選手に海外からオファーがきたら喜んで行かせるのがBJリーグの理念であり,世界に羽ばたいてほしいと思っています。

<目標をしっかりと持つこと>

・プロリーグをつくることはすごいことだと思いますが、成功の秘訣は何ですか?

自分の将来の目標設定を早いうちにしておくことが大切だと思います.目標がしっかりしていれば壁も乗り越えられると思います。
でも誰でもすぐに直接目標を叶えられるわけじゃありません。失敗してもそれを分析して,二度と同じ失敗を繰り返さないように考えることが大切だと思います。
人間はどんな人でも人生に3回はチャンスにめぐり合っていると思うので、それをきちんと取りにいけるかどうかが成功の秘訣だと思います。待っていないで自分からチャンスは掴みにいくもの。成功している人はそのチャンスを必ず取りに行っているし,その人の周りには自然といい人材が集まっていい情報が入ってくるのです。

・留学生に対するメッセージをお願いします。

日本に来て暮らすということは大変なことだと常にわかっていてほしいです。夢を持ってくるのは大切だけど海外で暮らすのは大変なことです。大変だとわかっていれば何かあっても乗り越えられると思います。いいことばかりだと考えて,失望してほしくないですね。規制緩和されてきてはいますが,日本人ならよくて,留学生はだめなこともまだまだたくさんあると思います。どうしてだめなのかもちゃんと考えて,その困難をクリアしてほしいですね。自分が留学生だという意識と,日本人と一緒に暮らすことのバランスを考えながら暮らしていくことが成功の鍵になると思います。お互い認め合って,お互いの国のことを話して,教えあっていければいいと思います。

・座右の銘をお聞かせ下さい。
「常に夢を」というのを座右の銘にしています.私は人生を5年のスパンに分けて考えていて,自分が築いていったものは5年やったら若い人に活躍の場を譲って,若い人がどんどん活躍できる場所を作れたらいいと思っています。

河内敏光氏

<プロフィール>
1954年生まれ。バスケットボール選手として明治大学、三井生命でプレーし全日本にも選出される。88年に引退後は三井生命ヘッドコーチとして実業団選手権大会で3回優勝。94年から96年までは全日本のヘッドコーチを務めた。2000年、株式会社新潟スポーツプロモーションを設立し代表取締役に就任。同年プロバスケットボールチーム「新潟アルビレックス」を設立しGMを兼務する。04年11月、bjリーグコミッショナー就任。05年3月、株式会社日本プロバスケットボールリーグ代表取締役社長就任。