2024/12/20 00:23

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注目の原子状水素水『還元水素水』、驚くべき可能性!!

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注目の原子状水素『還元水素水』、驚くべき可能性!! 


飲料水として、今、健康にいいと話題の水素水。その中でも、原子状水素(活性水素)を多く含んでいる『還元水素水』に注目が集まっている。その分野の世界的権威、九州大学大学院の白畑教授にお話をお聞きしました。

 

白畑 實隆(さねたか)教授 (九州大学大学院農学研究院)
還元水(水素水)研究の世界的な権威。還元水素水の健康改善への影響などに関する研究を30年以上にわたり行う。スエーデン・カロリンスカ研究所(ノーベル生理学医学賞を決定する機関として良く知られる)でも還元水関連の講演、共同研究なども行う。


Q:どうして、『還元水水素水』の研究をしようと思ったのですか?またその重要性は何ですか?

A:元々は、前任の研究者がいまして、その人の研究を受け継ぐ形で、研究を始めました。
実は、『水』を研究している研究者はそんなに多くないんですね。あまりに当たり前の存在になっているので、改めて『水』に関して掘り下げて研究する人が少ないんだと思います。
しかし、細胞にとって水は大変重要なものですし、私は、『ルルドの泉』のように水が健康改善に大きな影響があるという思いがありましたので、長年『還元水素水』の研究を続けています。
現在では、少しづつですが、医療の現場でも、還元水素水が、細胞を活性化し、多くの健康改善事例も報告されて来ていますので、今後は、副作用のある薬を使わない統合医療の考えが進むにつれ、導入が進んでいくと思われます。

しかし、私が特に注目しているのは、がん細胞の抑制にも効果のある原子状水素です。この分野はまだまだ、研究の余地があります。研究が比較的進んでいる分子状水素では、還元力が弱く、がん細胞を抑制するまでの力がありませんが、原子状水素は、非常に還元力が強く、がん細胞にも有効だと証明されています。夢のような話ですが、原子状水素をそのまま、多量に体内に取り組むことが出来れば、がんの治療は革命的に変わる可能性があります。抗がん剤の副作用は、現場の医師よりも多くの問題点が指摘されており、西洋医学の先進国といわれる、アメリカやヨーロッパでも、出来るだけ薬に頼らない統合医療に傾倒する医師が増えてきているといわれています。原子状水素を多量に含む還元水が開発されれば、がん医療の現場でも大いに歓迎されるでしょう。

Q:大変重要な研究だと思いますが、どうして、還元水の研究をしている研究者は少ないのですか?

左から濱崎助教・筆者・白畑教授

A:水の中には、体にいいといわれる『ルルドの泉』のように、広く認知されている水もありますが、まだ、どうして体にいいのか科学的な解明には至っていません。また、水は、あまりにありふれたものなので、還元水が細胞を活性化し、強いては、がん細胞の抑制に確実に効果があるといわれても、ピンとこないところもあると思います。出来るだけ薬に頼らない統合医療の重要性がアメリカで叫ばれ、15年以上になりますが、まだまだ、日本では一般の人たちに認知されているとはいえません。今後も還元水の重要性を医療機関や関連団体とも協力しながら、啓蒙していくことも重要です。世間一般での『水の研究』への重要性の理解が高まれば、研究費用も集まりやすくなり、研究者も安心して研究に没頭できると思います。

Q:ノーベル生理学医学賞の決定機関としても有名なスエーデン・カロリンスカ研究所でも研究発表されていると聞きましたが、どのようなことを発表されましたか?また、還元水は、人体だけでなく、農作物などにもとてもいい影響があると聞きましたがその点についてもお聞かせください。

A:カロリンスカ研究所には、2007年に初めて、Orrenius名誉教授(元医学部部長)に招待され、『健康にいい還元水』の研究の話をさせていただきました。また、2009年も招待セミナーで、研究の進捗を報告させていただきました。特に原子状水素のガン抑制の研究の重要性を評価してもらえたと思います。また、2013年は、挑戦的な仮説として『液晶水―意識エネルギー相関仮説』を提唱しました。この仮説の証明が出来れば、水がエネルギー物質で、生命エネルギーにも密接に関連することが明らかになります。つまりは、水が意識を持った生命体ということの証明になります。

もちろん、還元水は、細胞を活性化するので、農作物や土壌にも大変いい影響を与えます。還元水を有効に使えば、農薬を大幅に削減することも出来ますので、応用範囲は大変広いですね。しかし、そうなると社会的なインパクトも強くなり、医療分野でも、農業分野でも今までとは違うアプローチが必要で、科学、医療、農業関係者だけでなく、専門を越えた連携や、一般市民の世論の意識形成も必要になってきます。そのためにも、薬剤や農薬の使用に頼らない『自然環境にやさしい健康な生き方』を一般の人たちにももっと、広げていくことが大切だと思います。

『水の研究を続けるのは並大抵ではない』その理由のひとつは、その研究の結果が、既存の科学や医学の常識を大きく書き換える可能性があるからだ。今までの常識を覆す結果を発表することは、科学者にとっても勇気のいること。しかし、そのような重要な問題に取り組まなければ、社会を変革するような大きな研究は出来ない。西洋医学一辺倒の考え方や物質科学万能主義が曲がり角に来ていることは、多くの医学者、科学者が感じている。白畑教授のように勇気を持って、新しい研究に挑戦する研究者を支援する体制が今以上に必要だ。 (グローバルコミュニティー 編集長 宮崎計実)

*ルルドへの旅・祈り*

『目の前の事実から目をそらしてはいけない』
“ルルドの奇跡” と ノーベル賞学者 アレクシー・カレル博士

後にノーベル生理・医学賞を受賞されたカレル博士は、1902年、29歳のときルルドへの巡礼団に随行医師として参加され、彼自身「もう助からないだろう」と診断した末期の結核性腹膜炎の患者が数時間のうちに治癒していく事実を目の当たりにした。
皮膚病、婦人病、視覚障害、聴覚障害、知能障害など様々な治癒が数多く報告されているだけでなく、切断しなければならないと宣告されていた足の骨の癌の治癒、脊髄を損傷し車椅子生活だった人が、ルルドに行って歩けるようになったという例もある。
『ルルドへの旅』は、カレル博士が残された文書の中から、自らの体験を“ラレック”という名の医師の体験談として綴ったものだ。
実際に奇跡的な治癒を目の当たりにし、“ラレック”は、次のように述べている。
 「奇跡の事件にまきこまれたのは、確かに非常に具合の悪いことだった。しかし、見た以上は実験室での実験の場合同様、観察結果を変えるわけにはいかなかった。新しい科学現象だろうか。それとも神秘神学の領域に属する事実なのだろうか。これは非常に重要な間題だった。なぜならこれは、単なる幾何学の定理を認めるかどうかというような間題ではなく、人の生き方そのものをも変えうるような問題だったのだから。」

(アレクシー・カレル (著),    中村 弓子 (翻訳) 出版 春秋社)

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ベトナム・ハノイで日本語教師として活躍する学生通訳ボランテイアOGの瀬口さん

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(右から5番目が瀬口さん)

‐日本語教師になったきっかけ‐

学生時代から
海外や英語に興味があり、通訳ボランティア活動などする中で、外国人と関わる仕事がしたいとずっと思っていました。

日本国内で大学、メーカーや外資系企業も経験しましたが、ワーホリでニュージーランドに行った際、日本語教師をしている方に出会い、自分が学生のころから思い描いていた働きかたができるのではないかと思いました。
日本にとどまらず、海外でも自由に働けて、ずっと続けることができる日本語教師に惹かれて、
帰国後、すぐに日本語教師育成講座に通い始めました!

‐日本語教師のやりがい‐

学生たちの成長をいちばん近くで感じられることです。人材育成の観点から、
本気で日本で働きたい学生たちを日本語0の状態から日本で生活できるように生活指導までもするので、彼らが成長していく姿を見ると、じわじわと感動します。

最初は若い学生たちのパワーに圧倒されましたが、
それだけのポテンシャルをもった学生がたくさんいて、日々
教えられる機会に恵まれたのはとても貴重な経験です。
まだまだ駆け出しの日本語教師ですが、もう2年いると感じるくらい毎日が充実していて、新しい学びと発見の連続です。

‐将来の夢‐

何年こちらにいるかわかりませんが、日本語教師として、現場で学生に教えることの楽しさにようやく気付き始めたので、しばらくは日本を出て異国でがんばりたいなと思っています。

日本を出て思うことは、すぐに何でも手に入る日本では、人に期待しすぎて辛い生き方になっていたことです。

異国の地で教えるということは、簡単なことではけしてないです。

日本人として誇りをもって生きるのもひとつですが、臨機応変な柔らかい自分になることが必要不可欠だと思います。

日本語教師として働くなかで、生きる上での考え方も変わってきました。
授業も最初は全くうまくいかず、どうやって授業を進めようか、そればかり自分主体で考えてしまい、ガチガチでした。自分がリラックスして楽しまなけければ生徒にとっても心に残らないものになってしまう。
教師は生徒の会話を促すためにどうすべきか考える必要がありました。
今後は生徒主体のリラックス授業を心がけて楽しんでいきたいと思っています。

瀬口 祐梨子さん プロフィール
明治学院大学国際学部卒業後、大学職員、メーカー、外資系企業を経て、ワーキングホリデー制度を利用し、ニュージーランドへ。帰国し日本語教師養成講座修了後、現在は、ベトナムハノイの大学で日本語を教えている。

学生時代はどちらかというと大人しい性格だった瀬口さんだが、自分の殻を打ち破り、現在は、単身ベトナムで活躍している。3か月ですっかり、現地にも溶け込んでいるようで安心した。人間的にも成長できる日本語教師はとっても魅力のある仕事なので、しっかりと腰を据えて頑張ってほしいと思う。

 

学生時代に瀬口さんが活動した学生通訳ボランティアガイド活動
http://www.yokosojapan.net/article.php/guideinternational_ja

 

JPM留学生インターンシップ・OBOGに聞く 2回目 郭イジョさん

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JPM留学生インターンシップ・OBOGに聞く 2回目 郭イジョさん

2010年から始まった、初めて業界団体が主催するというJPM(JAPAN PROPERTY MANAGEMENT ASSISIATION)留学生インターンシップも2019年で10回目を開催し、当初の役目をまずは終えたということで、一旦終了した。

 

180名以上の学生さんが、無事、所定のプログラムを修了し、多くの参加学生、受け入れ企業に新たな視点を与えた。

このインターンシップをきっかけに、不動産業界に興味を持ち、業界に就職した人もたくさん輩出した。

また、その他の学生さんも、多くはインターンシップの経験を生かして就職に成功している。

そこで、リレー方式で、『JPM留学生インターンシップ・OBOGに聞く』として定期的に、留学生のその後について紹介していきたいと思う。

上智大に通う郭イジョさんも、2010年に参加したインターンシップは自分に自信をつけるためにもとても役立ったようだった。

今は、インバウンドの広告関連の会社に勤めながら、海外の人たちに日本の魅力を伝えている。

福岡での日本酒のイベントを取材したり、中国人向けの不動産投資の広告を作ったりと、自分の経験も生かしながら、

毎日楽しく仕事をしているようだ。来年はオリンピックを迎え、中国でも日本旅行はますます、人気が上がっていると話してくれた。食べ物やファッションなども次から次に新しいものが紹介されるが、冷たいものは、口にしない中国人の特徴などをメーカーに助言したりもしている。

これからも、日本のいいところをどんどん、紹介していきたいと語ってくれた。

JPM留学生インターンシップ・OBOGに聞く 1回目 張新さん

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JPM留学生インターンシップ・OBOGに聞く 1回目 張新さん

2010年から始まった、初めて業界団体が主催するというJPM(JAPAN PROPERTY MANAGEMENT ASSISIATION)留学生インターンシップも2019年で10回目を開催し、当初の役目をまずは終えたということで、一旦終了した。

 

180名以上の学生さんが、無事、所定のプログラムを修了し、多くの参加学生、受け入れ企業に新たな視点を与えた。

このインターンシップをきっかけに、不動産業界に興味を持ち、業界に就職した人もたくさん輩出した。

また、その他の学生さんも、多くはインターンシップの経験を生かして就職に成功している。

そこで、今回より、リレー方式で、『JPM留学生インターンシップ・OBOGに聞く』として定期的に、留学生のその後について紹介していきたいと思う。

第1回目は、2010年、1回目の留学生インターンシップに参加して、学生リーダーとしても、インターンシップに協力してくれた明治大学の卒業生『張新さん(中国)』にお話を聞いた。

張新さんとの印象的な会話は、将来の夢を語った時だ。

彼は、コンビニでアルバイトをしているが、多くの食べ物をまだ食べられるのに廃棄している。その食べ物を無駄にしないで、十分に食べることができない中国人の人たちに送ってあげたいと語った。

実は、私も18歳の時に、大手のホテルのレストランでアルバイトをした時に、全く同じ思いをしたことがある。

そんなことを感じながら、自活するために懸命にアルバイトし、大学に通う彼の将来をサポートしたいと思うようになり、

自ずとインターンシップのサポートにも力が入った。

2010年当時の留学生も、自分たちが家を借りる際には大変苦労しており、自分たちが先頭に立って、その問題を解決するきっかけを作ろうと、インターンシップにも公的な使命を持って取り組んでいる学生さんが多かった。

そのような態度で、インターンシップに取り組む留学生を受け入れた企業の人たちも、彼らのそのような姿に感銘を受けた人たちも多かった。私も、初めての試みのインターンシップコーデイネイターとして、学生の採用、教育、受け入れ企業への紹介、インターンシップ中のサポートまで、彼らと付き合った。

4週間後の修了式では、涙ぐむ学生さんを祝福する受け入れ企業の担当者の人たちもこのインターンシップの意義を

理解していただき、パートナーとして担当者の方々にも有益なインターンシップにすることができたと思う。

張新さんは、卒業後は大手通信会社で勤務し、今ではマイホームも買って、立派な一児の父親になっている。

久しぶりに、名古屋に住む彼と話したが、今では、本業にも余裕が出来てきて、不動産投資の勉強をしようと

宅建の資格もとったそうだ。

インターンシップで不動産業の可能性に気づき、第二の人生も考えているという。

また、名古屋で仏教徒になり、心の修養もしているようだ。将来は、これから日本に来る人たちにも役に立ちたいと語ってくれた。

10年たっても、気軽に話せたのはとっても嬉しいことだった。

今後とも、いろいろな話をしながら、この関係を大切にしていきたいと思う。

日本人にとって『働く』とは?  東條英利氏連載コラム NO.12

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日本人にとって『働く』とは?  東條英利氏連載コラム NO.12



皆さんは、「働く」ということに対して、どういう想いを持たれているでしょうか。近年は、世界経済の失速が懸念され、日本でも恒常的不況が叫ばれております。一部には、このまま日本は後退して世界における存在感を弱めていくのではないか、そんな声が聞こえる始末です。果たして、本当にその通りになるでしょうか。実は、私はそう思ってはおりません。何故なら、私は、日本の強さの意味というものを知っているからです。

そもそも日本は、どうして、こんな資源もないまま、世界有数の経済大国になることができたのでしょうか。よく、技術力といった話を聞きますが、つまるところ、これは「人」です。この人的資源の強さが良い結果を招いたというのは確かでしょう。しかし、それが能力的な違いによるものかと言われれば、それは、NOです。何故なら、人という基本性能は何一つ変わっておらず、昔の人が優秀で今が劣っているということも学術的にも言えないからです。ただ、ひとつ、違いという点では、働くことに対する意識は違ったと言えるでしょう。実は、ここを、この「働く」という文字を以て説明することができます。

実は、この「働」という文字、これは、国字です。つまり、日本オリジナルの漢字となります。実は、日本人にとって、「働く」ということは、「人が動く」ことを意味します。その語源は、定かではありませんが、一部には、大きな岩を複数の人間が助け合って動かす様を示したとも言います。要するに、日本では、人のために動くことを以て、「働く」としたのです。これは、個人よりも組織を以て世界に臨んできたまさに日本の強さそのものと言えます。そして、これが、本来、日本人の持つ「働く」という意識です。

しかし、中国では、この「人べん」はつきません。「動」のままです。そこには人がいません。自らの意志を以て動く。まさしく、スタンドプレーの強みをこの一字は示しています。無論、これは、優劣を語るものではありませんが、やはり、日本には、日本の強みというものがあったはずです。そして、それを日本は証明してきた。そんな事が言えると思っています。そんな日本も、近年は、実力主義にならってか、どちらかと言えば、「動」の考えを以て、仕事を求める傾向が強まりました。自己実現、自分のやりたい職業、自分、自分。でも、ここには、日本の強さはありません。この「人」という言葉の意味が、いつの間にか、消えてしまいました。でも、世の中をみて、今日の迷走ぶりに、このスタンドプレーが悪い方に働いていると考えることはできないでしょうか。自分が望む前に、人が望むことをする。日本独自の強みを、こうした先人の知恵は示している、そう思うのです。

第9回国際紅白歌合戦 出演者インタビュー 

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第9回国際紅白歌合戦 出演者インタビュー 

SO ON PROJECT INTERVIEW

 

グエン・チュン・ベトさん(ベトナム)の INTERVIEW

Reinaさん(イギリス) の INTERVIEW

チンアユンさん(台湾) の INTERVIEW

 

田面山萌さん(日本・コンゴ) の INTERVIEW

 

GABLIEL さん INTERVIEW

PARK さん INTERVIEW

朝鮮族女性会の皆さん INTERVIEW

人類皆兄弟 さん INTERVIEW

GTN-A  INTERVIEW

 

GTN-B  INTERVIEW

村松由佳梨さん 

原田由貴子さん SALVACION UENOさん

グエン・タイン・ロンさん(ベトナム) 

太宰鶴恵さん(日本・コンゴ) 

上智大学インカレ SAFRO FAMILY 

K-POP DANCE(東京スクールオブミュージック) 

アニメの魅力を日本人と外国人が力を合わせて世界に発信したい!!

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アニメの魅力を日本人と外国人が力を合わせて世界に発信したい!!

今日は日本に声優を目指してやってきたイギリス人のReinaさん にお話を聞きした。 Reina さんは、子供の頃からアニメが好きでアメリカ、日本、いろんな国のアニメに触れてきた。

そして16歳の時に『北斗の拳』と言うアニメがきっかけになって、日本のアニメを知ることになった。それまでアニメというのはどちらかと言うと子供向けのものが多かったが、北斗の拳は大人が見るアニメとしてもいいものだった。 ラッキーなことに、大使館のあるイベントで入賞し、日本に旅行をする機会を得た。そこで、益々日本に行きたいという思いが強くなった。

大学では、コンピューターと日本語を専攻することにした。そのコースは1年間の日本への留学がカリキュラムにあったのが大きな理由だ。 将来は、日本に滞在して、アニメの勉強をしたいという夢も持っていた。

大学3年の時に桜美林大学で日本語を一年間勉強した。 その後、帰国し大学を卒業。すぐに日本に向った。 ALT(Assistant language Teacher)として、英語を教えながら、アニメ専門学校への入学が決まった。

それは、2011年3月8日のこと。 そして三日後に、東京で東日本大震災を経験した。多くの知り合いは日本を離れたり、関西に一時避難したりした。 私も日本語がまだまだだったので、英語でのニュースなどを聞き大変な状況だと知った。 しかし、日本の専門学校でアニメを学ぶことは 9年越しの夢だったので私は簡単に諦めることができなかった。

まだ新しい学校だったが、パフォーマンス科には、唯一の外国人の生徒として本当にいろんなことを経験した。

そして、その専門学校を卒業し、プロの声優として声優事務所に登録し、活動を開始した。 声優としての 仕事は競争率が高く、外国人の私が、オーディションに受かることは大変なことだった。 しかし少しずつチャンスをもらうようになり、日本語と英語ができる役者として舞台に立つこともあった。

声優としての大きな仕事はまだまだこれからだが、もっと日本語を学んでこれからもチャンスを伺いたいと思う。

アニ五輪について

日本で声優として、バイリンガルの俳優として活動して10年ほどになるが、日本のアニメが好きで、日本で活動したいと考える外国人も、どんどん増えてきている。 そして外国語ができる日本人声優や俳優また海外で活躍したいと思っている人たちも増えてきたので、アニメ関連の日本人と外国人を結びつける一つの大きな企画を作りたいと思った。

それが、『アニ五輪』(ANIME OLYMPIC)だ。 その手始めとして、短編のアニメを制作しようと準備をしている。 日本に長く住むアメリカ人が作ったアニメ制作会社と協力しながら私の知り合いの国際的な日本人やアニメを愛する外国人のネットワークを作って行きたい。

世界中に日本のアニメファンはいるが、私たち日本に住むアニメ好きの外国人が、日本のアニメの海外への発信を手助けするようなことをしたい。 アニ五輪は、まだまだ始まったばかりで、人材面、資金面、企画に関してもまだまだこれからのところはあるが、アニメを通して日本の事をもっともっと紹介していきたい。

国際紅白歌合戦に出ようと思ったきっかけは何?

実は2012年に、初めてこのイベントのことを知った。 そして今年は、人類みな兄弟と言う外国人と日本人が協力して、舞台を作り上げるグループのメンバーとしても参加する。 歌は本職ではないが、歌うことが大好きで特にアニソンなどは、よくカラオケでも歌うので歌でも挑戦したい。このイベントを通じても、新しい仲間をもっと作れるといいと思う。本番を楽しみにしている。

 

外国人が声優になることは、簡単なことではない。REINAさんのように明確な夢がないとなかなか実現するのは難しいかもしれない。 しかし、来年にオリンピックを迎え、状況もどんどん変わってきているように思う。 日本のアニメの海外での広がり方は、想像を絶するほどだ。 国際紅白歌合戦も、2018年はセブ(フィリピン)とバリ(インドネシア)で開催したが、SNSなどでイベントの告知を助けてくれたのは両国のアニメファンの人達だった。

海外の多くの人達は、ドラえもん、ドラゴンボール、ワンピース、北斗の拳、セーラームーンなどの日本のアニメを見て育っている。どのアニメにも、共通して描かれている仲間との友情の大切さ 、夢を追いかける尊さなど、子供の純粋な心はどこの国でも変わりはない。 大人になっても、同じように夢を追いかける人たちがいてもいいのではないか? 『アニ五輪』と『国際紅白歌合戦』。私たちも同じように純真な気持ちで、夢を追いかけて行きたいと思った。

アニ五輪 https://www.facebook.com/anigorin/

アニ五輪 クラウドファンディング https://www.justgiving.com/crowdfunding/anigorin?utm_id=60&utm_term=8wEWbyxX5&fbclid=IwAR3QD7zUyJp5s2n3YlHoUpaM_yeJCLLAl9apDSuMoD1HmxrmywnCIQ-Lz90

『日本人の証明』を出版して no.2  東條英利氏連載コラム NO.11

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『日本人の証明』を出版して  NO.2

 最近、私は、自著「日本人の証明」の発売にあわせ、精力的に講演活動を展開してまいりました。これも、一人でも多くの方に日本人としての基礎教養力を高めて頂きたいという一心で続けてきたわけですが、おかげさまで、各地域の反応もよく、地方における講演活動も順当に増え続けてまいりました。

そんな中、実は、先月、私の講演活動の中で、少々、趣の異なる講演がありました。それが、香港から三週間という期間限定で来日された、日本語を学ぶ短期留学生を対象とした日本文化セミナーです。

私も、今まで外国の方に、こうした日本の文化的背景のお話をしたことがありましたが、それも日本人が数多くいる中での、少数を前にした場合のみです。聴講者全員が海外の方というパターンは、私の今までの講演活動には、中々みられなかったものであります。これには、言葉の壁も含めて、この感覚的感性の強い日本人像に、海外の方がどれだけ理解を示めすのかが分からなかったというものもあります。しかし、実際やってみると、その反応は、日本人以上に積極的で、また、好意的なものであるということが分かります。

例えば、講演終了後の質疑応答。通常、日本人の間では、中々、こうした場では質問が起こりにくいものではありますが、彼らは積極的に私に質問をしてきてくれました。それも、中々に鋭い質問ばかり。例えば、「神社の参道では、真ん中を歩いてはいけないと聞きますが、それは何故ですか?」とか、「鳥居が赤い色をしているのに、何か理由があるのですか?」などなど。先ず、何故、そんなことまで知っているのかという驚きもありましたが、日本人からすれば、一見、当たり前と思うようなことばかり。しかし、その意味を私たちの多くが知っているか?と言われれば、そこには多少の疑問符がついてしまいます。しかし、そこを疑問に持つかどうかというのは非常に大事なことで、私も逆に、皆様に説明する際は、この当たり前と思うことの脱却から始めます。

実は、すべての物事には意味があります。しかし、それも当然のことと思っているだけでは、その物事の本質的理解は求められません。外国の方との異文化交流とは相手を知る以前に、自分の文化に対する無理解の気付きから始まる。そんな感覚すら覚えます。私たちは今一度、自分たちの持つ意味が何であるのか、疑問を持つ必要があるのではないでしょうか。

グローバルな社会で必要とされる教養とは? 東條英利氏連載コラム  NO.16

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グローバルな社会で必要とされる教養とは?

 

東條英利氏連載コラム  NO.16

今回は、ちょっとしたご報告。実は、この度、一般社団法人国際教養振興協会を正式に発足致しました。まぁ、これも今までの活動をより組織的に営むためのひとつの手段ではありますが、長年、検討を続けてきた結果、7月に正式に発足致しました。当協会は、きちんと教養を身に付けて、グローバルな世界で活躍できる人材育成というのを目的に発足致しました。何故なら、多くの方は、海外に出るという点において、ひとつ大いなる誤解をしているからです。

 

例えば、以前、ある社長とこんな話に及んだことがあります。「もし、私たちが米国で友達を作ろうと思った時、一番手っ取り早い方法は何だろうか」。こんな時、多くの方が、「英語が話せればいい」とか、「相手と共通の話題、先方の文化、社会をいった海外事情を事前に学んでおけばいい」と答えるでしょう。しかし、もっと単純な方法があるのです。それが、「着物を着る」ということです。実は、これだけで、私たちは十分なアイスブレーキングが出来てしまいます。何故なら、それは彼らにはない文化を私たちが持っている唯一のアドバンテージだからです。これだけで、多くの方から「一緒に写真撮って下さい」と言われます。

 

当協会のメンバーには、外資系大手の社長を務められた方を含め、国内外で活躍された様々なエキスパートが在籍しておりますが、皆さん、口々に、「教養が大事」だと言います。何故なら、人としての起点、基軸のない人間は、魅力や信頼に欠け、実際、貴重な海外生活を無駄にする人が後を断たないからです。例えば、母国に対する教養、アイデンティティを備えないまま、アメリカに留学すると、中には、そのまま考え方や立ち振る舞いが、アメリカ人気質にリライトさてしまう方も少なくありません。一見、それが、国際感覚に見えてしまいがちですが、現実はそんなに甘くありません。残念ながら、国内では、純粋なバイリンギャルで成功した人はほとんどいません。何故なら、スポーツ選手のような個人の力量が物を言う世界は別ですが、あくまで、国内で就労することを見越した場合、やはり、国内の習慣や価値観、市場性に準拠した人でなければ、正直、使いものにならないからです。

 

『日本人の証明』を出版して 東條英利氏連載コラム NO.10

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『日本人の証明』を出版して  東條英利氏連載コラム NO.10

 目下、拙著「日本人の証明」の発売を機に全国で講演活動に準ずる日々。ありがたいことに、実に、多くの反響が寄せられているのですが、そんな反響を通じて実感するのが、やはり、わが国の文化伝承力は明らかに低下しているということ。例えば、私の講義に高い関心を示す層に、その一端を垣間みることができます。それが、地方の三代目くらいの若手経営者です。彼らは、とりわけ、私が主張する教養の意味、意義について、高い関心を示してくれます。もちろん、理由は、色々とあるのかもしれませんが、ひとつ挙げられる点としては、やはり、彼らも家業や家督を継承する立場にあるということです。というのも、彼らの多くは、家業や家督を継承並びに、世襲する立場にあるものの、名前以上の意味や本質的役割について、ほとんどと言っていい程、理解していないからです。それが、自身が親という立場になればなおさらで、実際、子供に何を伝えていけばいいのか分からず、漠然たる不安感に苛まれることも少なくないようです。

 

しかも、この三代目という立場は、創業者の仕事を直接見て来た訳ではないので、創業期の意志、イデオロギーというものを直に感じられる環境になかったことも、こうした不安感に拍車をかけていると言えるかもしれません。それは、私自身も同様で、私も「東條」という名を継承したものの、当初、その意味が分からず、漠然たるコンプレックスをその身にまとっておりました。ただ、私の場合、この名がかなりの異彩を放つことによって、希有な環境に育ったということ。そして、海外駐在を始めとした自己のアイデンティティに開眼できる状況にいたことは、幸いだったのかもしれません。結果として、この経験が、そうした層の方たちに強く支持を集めるようになりました。

 

以前、出版者の方と打合せをしていた時にも、企業の後継者が育たないことが、深刻な社会問題を引き起こすとの話題を集めておりました。私たちは、実は、かけがえもないことを失いつつあるのかもしれません。是非、身の回りのことに意識を払ってみて下さい。何か、見えてくる部分があるかもしれません。